RUSTメンズのデザイナー内海直仁が・・・

ロンドンのアトリエより、メールマガジン形式の"NEWS LETTER"として・・・

ブログではなかなか書けない、まじめな(?)お話を、コラムとしてお届けしています。 

こちらでは、そのバックナンバーをご紹介します!

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REAL(??) fashion

{リアル(??)ファッション}

 

"ファスト・ファッション"がイギリスを席巻したのは、2005年ごろでした・・・

ロンドンの渋谷・・・とも呼べる目抜き通り、オックスフォード・サーカス周辺には、

TOP SHOPH&MPRIMARKZARAといった面々が、当時すでに軒を連らねています。

その価格とデザインは、学生はもちろん、ただ高いだけのスーパーブランドに辟易していたOLや、ファッション関係者までをもとりこに・・・

 

超強力なリサーチ・チームと、何十人もの社内デザイナー、そして、類似商品専門の法律家を武器に・・・

最新のコレクションで発信されたトレンドを、どこよりも早く(パクって・・・)商品にして、そして安く、市場に供給するビジネスモデルが確立されたのです!

ユニクロなどが、"ベーシックな"商品を安く供給していた日本の量販市場とは、真逆の現象でした。

 

転機が訪れたのは、2007年末。

イギリスの国営放送BBCが、バングラディッシュやスリランカといった国々で生産を行う工場での・・・

子供たちを劣悪な条件で労働に駆り立てた・・・搾取の現状を、すっぱ抜いたのでした・・・!


英国には、過去の繁栄を、裏で支えた、数々の負の遺産が存在し・・・

特に、奴隷制度という、祖先の行ったむごい制度に、中産階級の英国人は、大きな引け目を感じています。

子供を労働に駆り立てた・・・かたちを変えて現代も続く・・・奴隷制度で作られた洋服を着けることに・・・

多くの人々が抵抗を感じたのでした。

 

そこで人々がとった行動は・・・家庭用ミシンを買うことでした!

蚤の市や、ネットオークション、リサイクル・ショップで、19201940年代、時にそれ以前の洋服を、程度のあまり良くないものを安く購入。

修繕も兼ねて・・・自分好みに、アレンジしたのです! 


家庭用ミシンでカスタマイズされた、ヴィンテージの洋服は・・・

個人のブログで発表され、お互いにコメントしあうブログ友達の評価に・・・日々、一喜一憂するのでした。

そこは、ビジネスとは無縁の自由な世界。


クリエーションをさせたら、イギリス人はとてつもない力を発揮します。

無限に広がるアイディアのデータベース・・・ 

そこに目をつけたのが・・・またもやファスト・ファッションのリサーチ・チームでした!


そんな、目ざといリサーチ・チームの手にかかれば・・・アレンジはお手のもの。

もしあなたのクローゼットに、某ファスト・ファッションのブランドの洋服が入っているとしたら、それは・・・

もしかすると、"地球の反対側の、ちいさな家のベッドルームの、家庭用ミシンで作られた、渾身の一作に・・・

ちょこっとだけアレンジが加えらた"バージョンである可能性もあります・・・!


家庭用ミシンという、まったくもってビジネスにならない個人クリエーションの最先端と・・・

ファスト・ファッションという、実に21世紀的なビジネスの最先端との・・・意外なつながり。

確かに、自分たちも含め、小さなレーベルにとって、大きな会社によるコピーは大きな脅威ですが・・・

バッグ・デザイナーのジャス(JAS.MB)は、すこし違った考えを持っているようです。


英国のバッグ・デザイナーJASは・・・

パリの展示会で、カメラを片手にくまなく歩き回るリサーチ・チームへ、自分の作品の写真を撮らせることをはばかりません。

彼の論理は・・・トレンドを作り出すには、大きな力が不可欠。


自分のデザインを意図的にリサーチ媒体に流すことで、旋風を起こすとのこと。

自分のデザインがコピーされないと、逆に不安になってしまうタイプのようです・・・!

(その割には・・・ コピーを発見すると怒っていたりもしますが・・・)

結果はご存知のとおり・・・英国を代表する、成功したデザイナーのひとりとなりました!


さて、そろそろ・・・結論を出す時が近づいているようです・・・

今回のコラムの題名を、"リアル(?)・ファッション"としたように・・・

どのケースでも、とてもリアリティーのある、"超・現実的な"状況がそこにはあります。

 

現代版の奴隷制度に反対して、自分でビンテージの服をカスタムするのもリアル。

リサーチ力を駆使し、生産も統括して、BOP(ボトム・オブ・ピラミッド) と呼ばれる・・・

大衆向けの低価格商品を、世界規模で展開するファスト・ファッションもリアル。

それを逆に使って、自分のデザインを主流に乗せるJASも・・・リアル!

 

それぞれが・・・"現実的"に、実際問題として"リアルに"取り組んで、行動を起こしています。

ここでは、リアルの持つもうひとつの意味、"本物"かどうかなんて・・・あまり関係はないようです。

それもまた・・・ひとつのリアリティー。

無限に広がる解釈のうちのひとつ・・・


それもこれも・・・全てがリアル・ファッション・・・!

自らの信じる"リアル"を追求するのが一番!・・・と考えます。


私にとっての"リアル"とは・・・

やはり、本物という意味のリアルです。


RUSTのものづくりの根底にある概念、それは・・・将来、私たちの作品が、アンティークになることが出来るか。

そのためには、あらゆる意味で、本物である必要があります。


熟練したロンドンの職人の技術・・・

英国政府の承認刻印ホールマーク・・・

時代や流行を生き残れるデザイン・・・


アンティークのジュエリーが、どうやって現代まで生き残って来られたのか・・・

その温故知新と言えます。





CREATIVE LIFE...

{クリエイティブであること、とは・・・}


英国人の多くは、理想として、クリエイティブな仕事を望みます。

一般に、クリエイト職に就く人は、大手有名企業に勤める人よりも、羨望のまなざしが向けられることになっているようで・・・

大企業に働く人たちの・・・"自分の人生をお金と引き換えにしている"と考える人の多さには驚かされます。

 

身近な例では、アルテミスの兄"ビブ"は、トヨタ・レクサスに勤務していますが、いつもいつも不満だらけ。

アルテミスのお母さんも・・・コンピューターの前で人生を無駄にしているよりはまし・・・と言って、僕達のものづくりを、いつも応援してくれます。

一般的な日本のお母さんにとって見れば・・・馬鹿なことはよして・・・トヨタやもしくは市役所で働きなさい・・・となるところですが・・・


そのあたりの順序が、まったく持って反対。

大企業に"しかたなく"勤めているという人は、とても多いようです!

 

ともあれ、その結果として・・・英国のクリエーションのレベルは世界屈指に。

現在活躍する、英国出身、もしくは、英国のアート・カレッジを卒業した外国人も含んだ、デザイナーの数が、それを証明しています。

アート・カレッジの卒業ショーには、世界中のビッグ・メゾンが、金の卵を求めてロンドンへ集まります。 

ただ・・・その光に対して・・・影があるのも事実です。 


ここロンドンで、もしも、才能を開花できない、もしくは、才能があってもチャンスをつかめなかった場合・・・どうなるのでしょう・・・

やはりクリエィティブな仕事にかかわりたいという人は・・・選択肢のひとつとして、大学の教師としての道があります。


結果、供給過剰な数の教師が存在しますが・・・アート・カレッジは、それに負けない勢いで規模を拡大しています。

この10年の間に、何度の統廃合があったでしょう・・・


ロンドンのアート・カレッジは、もはやひとつの大企業。

圧倒的な"ブランド力"(昔のきねづか??)を背景に、中国へ営業スタッフを派遣しての、学生と外貨の獲得に、余念がありません。

英語学校から宿舎、準備段階から卒業までを、"パック"で準備し、お支払いはカードで・・・の、巨大なコングロマリットと化しています。

(一部の教育機関には、投資ファンドも存在します)


クリエィティブとはいえ、そんな組織の中で・・・

結局自分がオフィス勤務であることに変わりがないことに気づいて・・・辞めていく人も少なくはないようです。





MADE IN ENGLAND...

{英国でのものづくり・・・!}


ブランドのビッグ・メゾンのデザイナーでもなく

大企業でもなく

・・・それ以外の道としては・・・??


やはり、自分でブランドを立ち上げるというのが・・・誰もが1度は・・・必ず考える道です。

英国は、前述のとおり、多くのクリエイティブな才能に満ちています。

しかし残念ながら、その後も英国に留まって拠点を持ち、さらに生産まで行うという人は、非常にまれと言えます。


高い物価や人件費に加え・・・衰退しきった製造業で働く人たちに、技術革新や情熱を求めることは酷でしょう。

正確に言うと、"出来ない"のではなく、"やりたくない"という、"面倒くさい"マインドに支配されています・・・


彼らの日々の興味の対象は、フットボール(サッカー)か、せいぜい持ち家の値段とそのメンテナンス。

けして分かり合えない工場とのやり取りに疲弊して、夢をあきらめようとするデザイナーたちを・・・

自分自身も含めて、何人見てきたことでしょう・・・


それに見切りをつけて・・・自分たちで手作りの道を模索することになります。

が、デザイナーが自分の手で生産までしては・・・クリエーションも同時にするなんて、物理的に不可能でしょう・・・


そう、"MADE IN ENGLAND"を目指すデザイナーたちには・・・

実は、巨大な落とし穴が仕掛けられています・・・!


MADE IN ENGLANDの落とし穴の厄介な点・・・

それは、"1度ならず・・・5度ほど落ちないとわからない"・・・ということでしょうか・・・!


例えば・・・

RUSTの革製品の縫製をお願いしている北ロンドンの工房も、一見は普通の工場。働いている人も・・・一見は普通です。

でも、その"普通の"工場の中にさえも・・・無数の落とし穴が仕掛けられています・・・


まず①・・・

"出来ないのではなく・・・ただ、やりたくないだけ"症候群が末期まで進行しきっていること。

せっかくの技術があるのに、もっと楽な方法でやろうとして、すべてを駄目にしてしまうケースです。

言い訳はいつも・・・"自分たちは機械じゃないから"・・・(おそらくこれには"日本人とは違って"・・・というニュアンスも含まれています!)


さらに②・・・

注文が少なすぎると言って嫌がるのはわかりますが・・・逆に、注文の数が多すぎても・・・嫌がられるんです!

この(ただでさえ出し惜しみする)技術で・・・どうやって100個も作れというのだ??・・・と言って①に戻る・・・

そして・・・完全に振り出しに戻る・・・


以後、一生懸命サンプルを作り上げ、展示会に出品して、受注を受けたにもかかわらず・・・

生産でつまづいて、すべてが水泡に帰す、という・・・どん底を、何度も経験することになります。


イギリス人が・・・

単調な長時間労働に向いていないのは分かっていましたが・・・

日本人である自分には、当初は驚きと戸惑いの連続でした。


5~6個だけ、完璧な作品を作っても、会社として存続できないのは明らかです。

何か方法は絶対にあるはず・・・


そこで出した結論は、他人を変えようとするよりも・・・自分を変えるほうが、わかり合えるということ。

それに気づいてからは、自ら・・・工場に毎朝通って、(サッカーの話に付き合いながら)1日中張り付いての製作が続きました・・・

それはまさに、工場長・・・しかも日本式の"差し入れ"としてビールまでをも手にして・・・


そう、ロンドンでレーベルを立ち上げるには・・・

デザイナーとしての資質はもちろん、会社社長としての経営、そして、工場長・現場監督という、まったく違った分野の能力が求められるようです。

(・・・それと・・・英国のサッカー事情と、職人が好きなビールの銘柄を識別する能力??)


10代のうちに、そのすべてで小さな失敗を(・・・こつこつと・・・)重ね、落とし穴の痛さを経験できたのは、今思えば幸運でした。

現在では・・・その革工房は、素晴らしい品質の作品を、RUSTのために納入してくれます。

すべての試練は・・・未来の自分への投資なのでしょう・・・


ちなみに革製品に関しては・・・わざわざリスクを犯して続けなくても、RUSTの経営にはまったく影響はないのでは??

というのが・・・スタッフの正直な意見かもしれませんが・・・


そんな議論のたびに・・・

"内海社長"と"内海工場長"が出てきて・・・ドッジボールを繰り広げ・・・逃げ回ったり弾き返したりの挙句に・・・

"工場長"が勝つのでした・・・!


"好きこそものの上手なり"を・・・実感します!


"MADE IN ENGLAND"の良い点を(・・・強いて!)挙げるとすれば・・・

まず、それら数々の落とし穴が、天然の参入障壁となって・・・競争が生じにくい点ではないでしょうか・・・!

そして、時として・・・世界中のどこでも真似の出来ない作品が仕上がる、ということです。

 

2004年ごろ・・・

英国の小さなデザイナーに、資本を投下して、海外で生産をし、営業・PR・ブランディングまで手がける、というビジネスが流行したようで・・・

RUSTにも、話を持ちかけられたことがありました。

おそらく・・・"シルバーなんて、タイあたりでささっと大量に作らせて、ばら撒けばいいだろう・・・"という考えだったのでしょう。

 

結局は、内海"工場長"が介入したことで、その話は流れてしまったのですが・・・

印象的だったのは、そのビジネスマンをしても、"このレザーの作品類だけは、今後もロンドンで作り続けるべきだ・・・"と言い放ったことです。


そして、おしまいには・・・その財布を、その場で購入して、帰って行ったのでした・・・!

30分前まで・・・イギリスで生産をすることが、どれだけ馬鹿げているかを・・・散々言い散らしていたのに・・・

”MADE IN ENGLAND"(・・・と工場長??)の持つ、不思議なオーラを感じた瞬間でした!

 

RUSTには、理屈を抜きにした、"好きだから"やっている・・・"嫌だから"やらない・・・

という、(時に、駄々をこねる子供並みの・・・)明確な基準があり・・・

それには、内海"社長"でさえも・・・従わざるを得ません。


ポリシーに忠実に、ジタバタすることで生まれる・・・その緩やかな上昇気流をつかむことで、少しだけ前へ進む・・・

(英国で・・・)ものづくりを生業として生きることは・・・気の遠くなる・・・長い長い旅です。

 

でも・・・やっぱり好きなのでしょうね・・・!

そうでなければ・・・"MADE IN ENGLAND"など・・・ただの拷問に近いものがあります!

 



HOW TO RUST...!

{英国での起業・・・}


今回から、ロンドンでブランドを立ち上げる・・・そのプロセスを振り返ってみようと思います。

何かのインスピレーションになることができれば・・・うれしいです!

 

自らのブランドを立ち上げるということは、確かに・・・"起業・独立"です。

流れとしては・・・アート・カレッジを卒業して就職し、デザイナーとしてしばらく働らき、スポンサーを探しつつ、時機を見はからって・・・会社を設立し、華々しくショーを開いて、一流バイヤーを呼んで・・・??


・・・確かにそれは、もし時間的・金銭的に余裕があれば、という前提で、最良の手段に見えます。


でも、もし・・・時間もお金もなかったら??

ロンドンには、裏技が存在します。

それは・・・そう、マーケットです!


ロンドンでは、若いデザイナーが、マーケットに手作りの洋服やアクセサリーを持ち寄り・・・

"ストール"と呼ばれる、自分の持ち場・屋台に広げて・・・作品を売ることが、珍しくありません。


そこは、無限に広がるチャンスの入り口であると同時に・・・厳しい現実を突きつけられる、サバイバル・・・

立派な額縁に飾られたアート・カレッジの卒業証書を、ストールに飾っても・・・何の価値も生み出してはくれない(!)世界です。


マーケットに買いにものに来るのは、とてもお洒落で・・・目が肥えた人たち。

そう、"本当に"お洒落な人は・・・デパートになんかは・・・行きません。


なぜなら・・・そこに並んでいるものの大半は・・・ブランド・ビジネスの下に出来上がってきた、単なる企画・リサーチ商品。

子供だましに見えてしまうのでしょう・・・


では、本質を見出しに、どこに行くかというと・・・やっぱり、マーケットなんです! 


僕が自作のジュエリーを売り始めたマーケットは・・・

ロンドン中心部の東にある、スピタルフィールズ・マーケット。

ガラスの屋根で覆われた、屋内の、昔の青果市場です。


ロンドンには、昔の市場や倉庫といった建築物を、表向きはそのままに保存して・・・

内側を商業物件や住宅に作り直した物件が、数多く存在します。

中心部のコベントガーデン・マーケットも、やはり昔の青果市場ですし、ポール・スミスの本店に至っては、元はバナナ倉庫だったとのことです!

 

1998年当時は、その広大な敷地で、アンティークや古着、ビンテージの車(!)を売っていたり、若いデザイナーが手作りの作品を広げていたりと・・・

とても賑わっていて、すぐに惚れ込んでしまったのでした!


実は・・・そこへたどり着いたのは・・・すぐそばにある、ペチコート・レーンという別のマーケットに向かったものの・・・

あまりの退屈さに失望して、ふらふらと迷い込んだのが最初でした。


当時は、そんな偶然と幸運に、よく感謝したものです。

(以後、僕の10代は・・・どんどんと重なってゆく偶然に、翻弄されていくのでしたが・・・!)

 

資金もなく、つても知識もあてもなく、おまけに英語は理解できない・・・

そんな、ゼロからの始まりでした・・・!


ロンドンでの暮らしが始まったのは、19983月の末・・・

18歳の誕生日を迎えて、ちょうど2週間後でした。

 

スピタルフィールズ・マーケットで作品を売り始めたのは、それから3ヵ月後・・・同年の7月です。

なんとか生きてゆく手段を模索して、とにかく、とにかく、急いでいたのを・・・よく覚えています。 

 

そのときは・・・

5年制(通常15歳から20歳まで)の国立高専を、3年で休学して英国に来たため、この一年で結果を出さなくては・・・

またあの・・・暗黒の(!?)生活に戻らなくてはならない・・・!

 

今考えれば、ひどく単純な理由にみえます・・・けれども・・・!

18才の少年にとって、動機としては、十分ですよね!? 

 

毎日を、自分で決断して、"生きる"という感覚に・・・

それまでの、訳も分からなく"生かされて"いたという、相反した気持ちも追い風に・・・

とにかく、前へ前へと、進んでいくのでした。

 

自分へ課した条件は、最初の1年の間に・・・

まず、生活費を自分で稼ぐこと。

そして・・・セレクトショップで、自分のつくった作品を扱ってもらうこと・・・!

 

実は、マーケットでのやり取りは、すべて現金です。

目の前の毎日に、精一杯の未成年にとって・・・"会社"などという概念はもちろん、ましてや、"税金"など・・・仕組みもへったくれも(!)ない状態。

 

結果としては、当時の手取り収入が・・・人生の最高年収に!?

(以後、一貫して、下降曲線をたどることになるのですが・・・そう、座標軸をも突っ切って・・・!)

 

そして、ロンドンの老舗セレクトショップ"ブラウンズ"で、買い付けてもらえたことが・・・

大きな転機となったのでした。


ロンドンの老舗セレクトショップ、ブラウンズへは・・・

もちろん(!)アポなしでの飛び入りです!

(当時はおそらく、"アポイントメント"の意味すらも・・・よくは分かっていなかったと思います・・・)

プレゼンテーションは・・・自分の作品を自分で身につける・・・ただ、それだけ!

 

すると、店の中にいた、ひとりの老人が、僕に話しかけてきて・・・

「そのブレスレット、どこで買ったんだい?     Where did you buy the bracelet from?

「自分で作りました・・・」     I made it...

「うちでの注文はもう済んでるのかい?     Have we bought it?

「いや、たぶんこれからだと思います・・・」     No, not yet...


・・・という、いたって短い営業トーク(??)で、記念すべき、最初の正式受注(!)を手にしたのでした・・・

しかも、全コレクション!

(・・・といっても、当時は3型しかありませんでしたが・・・現在は、1000型以上はあるでしょうか・・・)

 

後から知った話ですが、その老人は、BROWNSのオーナー・・・!

そんな人が、偶然、店にいて、自分のような、名もない誰かから買い付ける・・・

ロンドンでは、こんなストーリーもあるんだ・・・なんて、まるで他人ごとのように思いながら・・・

てくてくと帰り道についたことを、今でも覚えています。

 

会社も、名詞も、工房も、語学力もなく、ネクタイの締め方も分からない(!)日本人の少年から・・・

(・・・ネクタイの締め方はいまだに??ですが・・・)

いずれにせよ、困ったときはいつも、都合よく(!)ふつうの18歳になって・・・挑むのでした・・・(今でも・・・??)

 

ちょっとの勇気と、行動力があれば・・・多くのチャンスが与えられるロンドン。

でも、本当に大変なのは・・・注文をとったその後、つまり、生産から納品、そして・・・代金の回収です!

 

生産では、つまらないミスのせいで、全部一からやり直しということも・・・

やっとの思いで納品しても・・・何度も何度も何度も何度も催促して、やっとお金を払ってもらえる、といった具合。

それでも、入金があれば良いほうで、納品した先が倒産なんていうことも、けして少なくはないようです。

 

これでは・・・

すばらしい作品を作って、せっかく注文を取ったというのに、この"ロンドンの洗礼"を受けて・・・ものづくりを諦める人もたくさん・・・

マーケットで活動を始めて、お店からの注文を受けても、その後に暗礁に乗り上げ・・・結局マーケットに戻って、その後ひっそりと作り続ける人も、たくさん・・・

 

実際に、自分でも・・・あの時、ものづくりを諦めていてもおかしくなかった、という出来事には・・・事欠きません。

 まるで、ため息で呼吸ができそう・・・そんな時代でした。

 

死の淵からよみがえるほどに強くなる・・・まさか、ロンドンに来てまで、サイヤ人を演じるとは・・・というのが、正直な感想です!

(ちなみに数年後には・・・怒りが爆発して、次の段階にも目覚めることになるのですが・・・)

 

考えれば考えるほど・・・今こうしていられることが、奇跡のようにさえ・・・思えてきます!

 いつも救いの手を差し伸べてくれた、心ある方々(特にwww.foundltd.com)には、どうやって感謝をすればよいのか、わかりません・・・

 

今でこそ・・・笑って振り返れますが・・・

インターネットも普及していない当時、若手のデザイナーにとっては、店のドアをノックして売り込む、それがほとんど唯一の方法。

そして、一流店の目に留まる作品を、作るだけでもひと苦労なのに、その後のほうが大変という始末・・・

そう、クリエートする人間は、モノだけではなく、モノ作りをする"環境"をも、作り出さなくてはならないのだと気づくのに・・・数年を要したのでした・・・